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調性からみたショパンの音楽性について

Godoken
「ショパンをハ長調で弾くことは音楽性を台無しにしている」と書いた論文がありました。そこで今回は、調性からみたショパンの音楽性について書きます。

調性格


調がもつ性格については、「マッテゾンの調性格論」がめちゃめちゃ有名。調性の話になると、必ずこの人が出てくる。ただ、マッテゾンはバッハと同年代の人なので今の調性とは違うし、そもそも「二長調は頑固である」「ホ長調は絶望的」とか言うのも、所詮マッテゾンの主観的な感想なので、万人には通用しません。

調の色彩


最初に音楽に色をつけたのはスクリャービンだと思われていますが(参考:交響曲プロメテー)、本当は聴覚障がい者のためにクラブサンに色をつけたカストロ神父が最初です。

まぁ、誰が先でも後でも構いませんが、これも主観的なものなので万人に通用しません。そもそも色を言葉で表すことは非常に難しい。それをやってる時点ですげ~ですけど。

主観性はどこからくるか


では、マッテゾンやスクリャービンの主観性はどこからきたかと言うと、これは間違いなく「学習」です。彼らの今までの人生経験が、調性に対して性格や色を感じる能力に結びついたのです。何もない所から生まれない。火の無いところに煙は立たん(このことわざの使い方は間違っています)

要するに、マッテゾンやスクリャービンがどれだけ偉い人であったとしても、彼らが言ってることは個人の経験に基づく主観的な意見なので従わなければならない必要性はまったくない。ホ長調がめっちゃ楽しいと感じても、ドの色が茶色でも構わん。そんなの個人の自由です。

ショパンの音楽性について


確かに「作曲家がなぜその調で曲を書いたか」と言うことは、作品を知る重要なてがかりになります。でも、上にも書いたように、それはショパンの主観によるものです。

ショパンがワルツ7番を嬰ハ短調で書いたのは、彼がその調を使って自分の音楽を表わしたかったからでしょう。じゃあ、イ短調でそれを表わせばいい。それだけのことです。#が4つもついてると弾きにくいけど、イ短調は0ですから、見た目もやる気になります(笑)それでショパンの世界観を表現できるなら、決してそれはショパンをシカトしたことにはならんでしょう。

まとめ


学者の論文にケチつけるわけじゃないけど(つけてるけど)、ちょっと頭が固いんじゃない?と思う。それより、「マッテゾンがホ長調は絶望的だと言ってるからこう演奏しなさい」とか、「ドは赤色に決まってます」とか、調性格や調色彩の押し付けになることが一番怖い。

指導者がこういうことをやると、それは刷り込みになります。これは、絶対避けなければいけません。やっちゃいかん。とくに幼児期にこれをやると、生涯にわたって「ドは赤じゃないとだめ!」という思い込みに繋がります。

・・でもうちは大人のピアノ教室なので幼児はいません。あ~よかった!助かったわ~~♪

ちなみにガブリーロフは、「平均律1番は透き通るような白色」と言って弾いています。透き通る色は白じゃなくて透明じゃないのか、と大阪のおばちゃんの私はツッコみを入れたくなりますが、そういうことはさておき、綺麗な音色です。めっちゃうまいわ☆



  


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