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福知山線脱線事故で亡くなった友人のこと

15年前の今日、福知山線脱線事故がありました。私はいつもこの日が来るたびに、音楽友達「勝くん(かつくん)」を思い出します。

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勝くんのこと


勝くんは「栗コーダーカルテット」のファンで、リコーダーを演奏しました。また、ラグタイムが好きで、ピアノも上手でした。うちに何度かピアノを弾きに来たこともあります。勝くんは、音楽仲間のひとりでした。

勝くんは、通勤には福知山線を使っていました。そしていつも通勤途中に私とメールでやりとりしていました。「おはよ~!今日も頑張れ」「は~い」そんな他愛のない、短い内容です。

そんなある日、勝くんから「隣の席のおじさんが睨む」とメールが来ました。当時は電車内では携帯電話の電源を切ることが当たり前だったので、メールはマナー違反だったのです。私は「もうメールができないね。残念。またね~」と返信しました。

その数日後に、あの事故が起こりました。

事故の日


事故は、TVで知りました。電車が大きく線路から外れ、建物に突っ込んだ車両が潰れていました。まさかそのなかに友人がいるとは思いませんでした。

夕方に、音楽仲間から「TV見た!?」と突然電話がありました。それで慌てて死亡者の名前を確認すると、そこには勝くんのフルネームがはっきりと、書かれていました。

私はお通夜に向かう道のりのなか、音楽仲間と「信じられないね」「きっと人違いだ」と話していました。何度もそう話していると、本当に人違いのような気がしてきました。そして、ずっと「これは何かの間違いだよね」と言い続けていました。

でも、葬儀会場についた途端、私たちの考えが間違っていたことに気づきました。突然の訃報にお父さまは悲痛な顔をされており、お母様は心労のためか姿が見えませんでした。そんななかでお兄さんがひとり、気丈にふるまっていらっしゃいました。大きなカメラをもっているのは、報道陣だと思いました。

遺影のなかの勝くんは、いつもと同じように優しく笑っていました。私はもう何も考えられなくなりました。友人と無言でお焼香をして、その場を去りました。

後で気づいたのですが、棺の顔の部分は閉じられていて、そばにだれも寄らないようにされていました。おそらく損傷が激しかったのだろうと思います。ひょっとしたら遺体の全部が揃っていなかったのかも知れません。

あとで知ったこと


福知山線脱線事故で、私は大切な友人を亡くしました。でも私は、勝くんの音楽以外のことを知りませんでした。パソコン関係の仕事だと聞いていただけです。

しかしその後、勝くんがWindowsXPの開発を手掛けていた技術者だと言うことがわかりました。長い間遊んでいたのに、ちっともそんなことを言わないので、知りませんでした。

ここに、勝くんのことを書いたページがあります。15年前のものです。内容が難しくて私にはさっぱりわかりません。
石井勝さん追悼

勝くんが生きていて、そばにいてくれたら、どれだけ嬉しいだろう・・本当にそう思います。また一緒にピアノを弾いて遊びたいです。

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